133 古建築の印象の理由を建築学的に読み解く――海野聡『奈良で学ぶ寺院建築入門』(集英社新書2022年)

 奈良県には国宝の建造物が64件あり、全国228件の28%を占めてトップである。古代を中心に中世、近世の寺院建築の宝庫であり、この分野に関心のある者にとっては非常に恵まれた土地である。古寺めぐりの楽しみは仏像鑑賞とともに古趣あふれる木造建築にまみえることが大きいだろう。ガイドには貴重な建物の説明は必ずあるし、古代建築をテーマにした入門書も多い。私も何冊か目を通している。入門書はだいたい似たり寄ったりで、建物の構造的な説明がメインである。挿絵とともに専門用語が出てきてその意味や機能が解説され、一応わかった気になるのだが、表面をなでただけのような隔靴掻痒の思いが残る。やはり建築というのは、実物を前にして外からは見えない内部も観察しながらひとつひとつ理解しなければ、わかるというところまではいかないのだろう。素人には難しいことである。

 本書も他の古代建築入門書のように建物全体の構造や細部の機能の説明が中心である。その説明は類書よりもこなれ核心をつくようで、個人的にもう一つ不明であったことがいくつも氷解した。さらに構造と機能の説明がそれだけで終わるのではなく、建築史の流れを踏まえ、伽藍全体との関係や他の寺院との差別化という視点からの「デザインコードや仕掛け」の解説が加わる。

 これは、私たちが建築と接したときの印象、たとえば薬師寺東塔の美しいリズム感、東大寺南大門の伸びやかな雄渾さ、唐招提寺金堂の重厚感などのよってきたる理由を建築学的な特長から読み解くことに通じる。

 薬師寺東塔の美にある安定感と軽快感は次の理由から説明される。①裳階に覆い隠されて本体の太い柱は見えず、細い裳階の柱で組み上がっているように見える。②裳階柱を塔本体の柱より外に出すことで、あえて「構造的な不安定さ」を見せる。これが軽やかさを生む。③東塔の腰組は壁から二手分も外に出ている。これが浮いた感じを与える。④塔本体の屋根は軒の出が約4.1m、裳階は約1.6mであり、この長短がリズミカルな印象を与える。⑤東塔の逓減率(1階に対する3階の平面積の比率)が4割と大きく、これが安定感を与える。東塔の美の建築学的なここまで詳細な説明を読むのは初めてである。専門書には書かれているかも知れないが、入門書としてまことに贅沢だと思う。他の建築もこのように印象に紐づけて解説される。

  著者は「研究者による奈良の寺院を見たときの感じ方と古建築の形をひも解いた書は本書の他にはない。」とまで自負される。また次のようなメッセージもある。「建築の力を感じ、感じ取った理由を知り、建築のデザインコードや仕掛けを理解することで、古建築の大きな声だけではなく、ささやきにも耳を傾けられるようになる。」「ささやき」とは、古代から連綿とつづく工匠の思いである。建築に関わった人たちが今に残る建物を通して浮かび近づいてくる。本書にはそんな魅力がある。