寺院・仏像

092 元興寺五重小塔は国分寺の塔のひな形か?(元興寺⑤)

元興寺の五重小塔は奈良時代後期に製作され、この時期の建築様式を伝える貴重な建造物であり、国宝に指定される。しかし、謎に満ちた塔であり、文献での記録がなく、元はどこにあったのか、何を目的に製作されたのか不明である。 現在は総合収蔵庫の法輪館に…

091 世界遺産の元興寺 (元興寺④)

元興寺(極楽坊)の本堂(国宝)と禅室(国宝)は、東室僧房南階大房をもとにして鎌倉時代に大きく改築された。本堂(極楽堂)は東を正面として、桁行き、梁間ともに6間、正面に1間の通庇がつく本瓦葺きの建物。寄棟造妻入りである。東が正面なのは極楽浄…

090 元興寺の中世庶民信仰資料 (元興寺③)

元興寺(極楽坊)からは、昭和の本堂解体修理や境内の防災工事で中世の庶民信仰資料が多量に発見された。そのうち65395点が重要有形民俗文化財に指定されている。これらからは鎌倉時代から江戸時代初期までの元興寺(極楽坊)の信仰の様相が生々しく伝…

089 元興寺極楽坊の智光曼荼羅 (元興寺②)

2月3日、元興寺極楽坊の節分会、柴燈大護摩供(さいとうおおごまく)を行じる境内は大勢の拝観者、見学者で埋まっていた。風の向きが変わると真っ白な煙が押し寄せる。思わず背をひるがえし伏せて目をつぶる。風の方向は直ぐに変わり喚声があがる。そんな…

088 奈良町に刻まれた元興寺の記憶 (元興寺①)

●平城京への移建1300年を迎える元興寺 奈良市にある世界文化遺産、元興寺は今年で移建1300年を迎える。飛鳥に創建された日本最初の本格的な寺院の法興寺が、平城遷都にともなって移建されたのが養老2年(718)である。それと共に寺名は元興寺と…

083 超弩級七重塔が聳えた東大寺東塔院

北東から見る東塔基壇、27m四方、高さ1.7m以上。周囲には石が敷き詰められていた。2015/11/21の現地説明会 東塔院南門と回廊 東大寺東塔院跡の発掘調査現地説明会が10月7日に実施された。一昨年と昨年に続く3回目の説明会である。今回は、東塔院南…

082 興福院旧跡の記憶

奈良市北部の佐保丘陵の裾にある名刹、興福院(こんぷいん)は、一般にはあまり知られていないが、観光・史跡ガイドにはほぼ常連で掲載されている。予約すれば拝観できるというが、最近はなぜか断られることが多いという。実は私もまだ拝観していない。ガイ…

080 旧山田寺仏頭の数奇な運命

興福寺国宝館には天平と鎌倉時代の仏像が綺羅星のごとく鎮座するが、なかでも人気があるのはともに国宝の阿修羅像と旧山田寺仏頭だろう。私も例に漏れず一目でこの2体には魅了された口である。二つに共通するのは、いわゆる仏像らしくないということだ。阿…

079 薬師寺の西塔心礎移動説

奈良県橿原市の特別史跡、本(もと)薬師寺跡は晩夏の日差しを浴びて紫色の花の絨毯が広がる。周囲の休耕田に植えたホテイアオイの花が盛りを迎えているのだ。新たな名所づくりを試みた橿原市の狙いは当たり、多くの見学者が訪れる。 本薬師寺跡には金堂や東…

075 黄檗宗海龍山王龍寺

奈良市にある海龍山王龍寺は、元禄2年(1689)に大和郡山藩主の本多下野守忠平が、黄檗宗開祖隠元禅師の孫弟子、梅谷和尚を招いて菩提寺として開山、再興した古刹である。山門や本堂には禅寺らしいたたずまいがあって、奈良の古代寺院を見慣れた目には…